しかし本格化したのは9RA系の完成した2020年以降ですね」。
理論上は、年差の精度を狙える9RA系だったが、グランドセイコーはあくまで月差±10秒という打ち出しに留めた。理由は年差を実現する9RB2を開発していたため。温度補正機能を加えたICと水晶振動子(クォーツ)を真空のパッケージに収めるのは9RA系に同じ。しかし水晶の製造方法を変えて品質を安定させ、さらに9Fクォーツに同じく長期間のエージングを加えることで、水晶の経年変化を緩やかにしたのである。そして選抜を経たもののみが製品に使われる。
9RB系はもちろん、9RA系などグランドセイコー用のスプリングドライブを開発してきたのが、セイコーエプソンの平谷栄一氏だ。「9Fクォーツは電圧が高いのでICに温度補正機能を加えられたのです。しかし、スプリングドライブの電圧と電流は9Fクォーツの6分の1。9RA系への搭載は大変でした」。加えて平谷氏はICと別々に配されていた水晶振動子を真空のパッケージでひとつにまとめ、補正情報を伝わりやすくした。
1999年以降、グランドセイコーのスプリングドライブを開発してきたのがセイコーエプソンの平谷栄一氏だ。20年以上に及ぶ彼の経験が、年差±20秒という異次元のムーブメントを生み出した。「高精度のスプリングドライブを作るという計画は2017年にはあったのです。しかし本格化したのは9RA系の完成した2020年以降ですね」。
ここからが9RB2の新しさだ。確実に年差を狙うため、技術陣はさらなる改良を加えた。そのひとつが、水晶振動子の製造方法だ。「今までの製造方法では水晶振動子の内部にわずかに応力が残るのです。その歪みが徐々に解放されると、水晶振動子の振動数が変わり、狂いの原因になってしまう」(平谷氏)。より狂いにくい心臓を得るため、切削方法含め製造方法全体の改良を行った。
スプリングドライブの心臓部であるトライシンクロレギュレーターと、その動力源である主ゼンマイ、そして増速輪列。グランドセイコーはこの唯一無二のエンジンを磨き上げることで、ROLEXコピー機械式時計の強いトルクと年差クォーツの高精度を両立させることに成功した。極めて大きな香箱を採用することで、シングルバレルにもかかわらず約72時間という長いパワーリザーブを実現。
ここまで手を打っても、遅れと進みが生じる可能性は残る。そこで平谷氏率いる技術陣は、機械式時計に同じく、遅れと進みを調整できる「緩急スイッチ」を9RB2に加えた。つまり、精度を落とさない機能を重ねた上で、万が一の「安全機構」として調整機能も加えたというわけだ。合計12ステップ、1ステップごとに年で秒単位の調整が可能な緩急スイッチは、確実に年差を実現する大きな鍵となった。ここまでの手の入れ様を聞けば「9RA系は月差を突き詰めたもの、対して9RB2は年差を実現するムーブメントです」と平谷氏が語ったのも納得だ。
(左)2004年に完成したのが、グランドセイコー初のスプリングドライブムーブメントキャリバー9R65。ICで発電ローターの速度をコントロールすることで、理論上は姿勢差誤差が発生せず、止まる直前まで精度を維持する。また自動巻きの巻き上げ効率は非常に高い。精度は月差±15秒。スプリングドライブ自動巻き。30石。パワーリザーブ約72時間。
(右)2020年発表のキャリバー9RA 系は、直径34mmという大きなサイズを生かして、長いパワーリザーブを生み出すデュアルサイズバレルと、まったく新しいIC 真空パッケージの搭載が可能になった。理論上は極めて高い精度を誇るが、グランドセイコーの公称する精度は月差±10秒と控えめだ。スプリングドライブ自動巻き。38石。パワーリザーブ約120時間。
年差±20秒を実現するために、さまざまな機構を盛り込んだキャリバー9RB2。しかしムーブメントのサイズは、2004年のキャリバー9R65よりも薄くコンパクトだ。しかも、パワーリザーブは約72時間を維持している。高精度と小型化・薄型化という相反する要素を高度に克服できた理由は、20年以上にわたるスプリングドライブ開発のノウハウだった。
キャリバー9RB2で際立つのが、コンパクトな設計と巧みな緩急の付け方だ。発電用のローターとIC真空パッケージは大きいが、それ以外の部品は空きスペースに巧みに埋め込まれている。注目すべきはクランク車付きのマジックレバー。かつてのものに比べて、極めて小型化されている。にもかかわらず、減速比を変えるなどの設計の見直しにより自動巻き機構の巻き上げ効率は非常に高い。一方、空きスペースを有効に使うことでパワーリザーブ表示を無理なく配置することに成功した。歯車の遊びであるバックラッシュを詰める構造を採用し、表示精度も高い。
ゼンマイ駆動の量産機としては、掛け値なしに世界最高の精度を誇るキャリバー9RB2。しかし、このムーブメントで見るべきは、そのコンパクトさにもある。主ゼンマイのほどける力で針を動かし、その余力で電力を生み出してIC動作および水晶振動子を振動させ、針を一定のスピードで回転させるスプリングドライブ。機械式時計に比べてはるかに正確に時を刻む理由は、水晶振動子の高い振動数と、ICによる精密な制御のおかげだ。しかしその代償として、心臓部であるこの「トライシンクロレギュレーター」は半分近くを占めるほど大きい。今回、セイコーエプソンの技術陣が挑んだのは、年差±20秒という高精度を、可能な限り小さなサイズで実現することだった。その高性能を考えると、9RB2の直径30mm、厚さ5.02mmというサイズは驚くべきだ。
まず技術陣が取り組んだのが、9RA系ではふたつだった香箱をひとつにまとめることだった。一見簡単そうに思えるが、主ゼンマイのトルクが落ちると、スプリングドライブは発電量が下がって止まってしまう。そのため、直径14.5mmの極めて大きな香箱に、長くて薄い主ゼンマイを押し込むという新しいアプローチが選ばれた。そしてムーブメントを薄くするため、香箱自体の厚みはわずか1.2mmに抑えられた。ゼンマイの高さや厚さが減るとトルクは減じてしまうため、水晶振動子だけでなく、温度補正を加えたICにも電力を供給するには不十分だ。しかしセイコーエプソンはさらなる省電力化を推し進めることで、今までにないアプローチに至った。その証拠に、主ゼンマイから輪列への増速比は、既存メカ時計の7~7.5に対して、8.5~9とかなり高い。つまり、より高い性能を持つにもかかわらず、主ゼンマイのほどけるスピードを落とすことで、パワーリザーブは長くなっている。「公称のパワーリザーブは約72時間。しかし設計上は100時間近く動かせますよ」(平谷氏)。
薄さと長いパワーリザーブを実現したのが、直径14.5mm、厚さ1.2mmの香箱「スリムシングルバレル」だ。直径30mmのムーブメントの、ほぼ半径をこの香箱が占めている。理論上、主ゼンマイの生み出すトルクは減少するが、薄いゼンマイを収めることで駆動時間を大幅に延ばすことが可能になった。安定して出力するため、軸もかなり太い。
部品単位でも見直しが図られた。例えば、回転錘の回転を主ゼンマイに伝えるマジックレバー式自動巻き。9R6系に比べて30%小型化する一方で、設計パラメーター変更や回転錘をタングステン一体型にすることで巻き上げ効率を改善してみせた。
回路自体の進化も、直径37mmという小さなケースに寄与した。ムーブメントに電子回路を持つスプリングドライブは理論上磁気に弱い。これまでは、ムーブメントの外周に、保持リングを兼ねた軟鉄製の耐磁リングを加えて対処していた。しかし、耐磁リングの役割をムーブメント内部に分散してレイアウトした結果、9RB2では余計なリングが不要となった。耐磁部品がムーブメント内に押し込まれたため、時計の組み立ては難しくなった。しかし、設計・製造・組み立てがインハウスで連携を密に取れるセイコーエプソンには、決して難しい課題ではなかったのである。
関連リンク:https://arkitekturforskning.net/files/scheduledTaskLogs/kopiblog.html
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